












モノと言葉のあいだ
廣文館書店さんでの展示にあたり、私は自分の染織の仕事と、“言葉”や“物語”との関係をあらためて見つめてみました。
というのも、言葉による物語と、機織りの営みにはどこか通じるところがあり、人の歴史の中で並行して育まれてきたのではないかと感じているからです。
“text(文章)”の語源はラテン語の“texere(織る)”。文字がなかった時代、人は色や模様に意味を込め、布に記憶や祈りを織り込んで伝えていました。「言葉を紡ぐ」「物語を編む」などの言い回しや、言葉に関わる漢字に「いとへん」が多いのも、偶然ではないでしょう。
機織りは、原始の語り、もうひとつの言語だったのです。
染織に使う絹糸や植物は、自然界の産物です。人は、あらゆる得体の知れないモノに名前を付け、分類することによって、認識を共有し、世界をかたちづくってきました。
けれど本当のところは、まだまだわかっていないのではないでしょうか。自然界はどこまでも深遠で、謎に満ちています。
私は、植物で絹糸を染め、織るまでの一連の工程を自らの手で行っています。
野山に入り、植物を採取し、染める。それは、子どもの頃、夢中で虫や草花を観察したときのように、全身の感覚を通して、モノと向き合う体験です。
炊き出した植物から立ちのぼる匂い、現れる色、それが絹糸にうつる瞬間——私はいつも、根源的な何かに出会っているという心地がします。それは「いのち」という言葉では言い尽くせない、もっと深く、重い、現実のようなもの。
一方で、織ることには理知的な側面もあり、とても人間的な行為だといえます。
実用を考え、道具を使い、計画を立てて制作する。題材や名付けには文学作品を投影し、言葉からイメージを広げることもあります。
けれど実際に機に向かうと、感覚に導かれる偶然がはたらき始めます。やり直しがきかない時間の中で、これまでの流れに耳をすませながら、次の糸を選んでゆく——この不可逆性は、音楽や口承文学(物語)にも似ています。
こうして私は、モノと言葉、自然と人間の世界とのあいだを行き来しながら、小さな物語を織っているのかもしれません。
どうか本のページをめくるように、布にひそむ物語を感じていただけたらうれしいです。あなたの中にある記憶や物語が、そっと立ち上がってくることを願って。
2025年10月 金井英恵